DESK ARCHIVE — 20260827
desk — 読むポッドキャスト。日々の考え事やつぶやきを生放送で書き、一日が終わると確定テキストになります。これはそのアーカイブ。
昨日からの夜にかけて書いてたメモ
・「市井の視点」
・snsやニュースレターのための文章書きは疲弊する
・すでに仕事が来ている事実を見つめる
・トップページは勝負
・インタビュアー的な作家、またはゆるいジャーナリストみたいな
・いいポッドキャストを作る人としての認知
・引力理論
・顔の出し方も作家に学ぶ
・作家はsnsとどう付き合ってる?
・短期的な数字を追わない作家
・作家は週次更新にこだわらないのでは?
・メタクソ化から抜け出すことと、認知を得ることの両立を考えたい
・聞き続けられるのは居心地のいい ポッドキャストだけ
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・websiteはもはや「調べる場所」ではなくなっていて。
むしろ「居る場所」としての面白さの方がある気がしてならない。
「居る場所」としてのSNSはだいぶ居心地が悪い。これは投資家が入ったスタートアップとしてExitを前提にした運用をしている場合、構造的に避けられない現象じゃないかと思っている。一旦、今はDIYの時期なんじゃないかと。
それこそ社会全体の体制に不満を持ったところの、DIY的なノリから新しいものが立ち上がった時代はあったわけだし。それが昔は対国家で、今は対メガプラットフォームでもいいという。
で、もっと言うとそういう全体感すら考える必要はなく、好き勝手やってみるでいい。個人として活動しているわけだし、僕はやってみたいで充分。
と、「イーロンマスクがTwitterの名称を放棄したとして、新しいSNSとして立ち上がったTwitter」の記事を読んで思った。
https://arstechnica.com/tech-policy/2026/08/new-twitter-launches-says-musks-x-gave-up-the-name/
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「露骨な人間アピール」
https://dic.nicovideo.jp/a/%E9%9C%B2%E9%AA%A8%E3%81%AA%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%82%A2%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%AB
2010年代には「超人」の代名詞だったけど、今やもう誰もが意識的にやったり、あるいは意図的に捨て去ったりする重たい言葉になってしまった。
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音源の修正作業を進めている。
これは例えば「縫い上げた生地を、ちょっとほどいて、切るべきところを切って、作業したことがわからないようにまた縫い合わせる」ような作業に近い。もちろんAdobe Auditionというソフトウェアを使った作業だから、ショートカットキーもバックアップもあり。その分「そんなに単純なことじゃないぞ」と服飾の人には思われるかもしれないけど、イメージとしてはそんな感じ。
当然、一回で済ませるのが最上である。
そのために作業はもちろんコミュニケーションもちゃんとしないと、事故る。
そうならないように、慎重にやり取りしたり文字に残すという「The ビジネスパーソン」な作法が求められる...。という点で、僕はなんだかんだクリエイターというより仕事する人として評価してもらえている気もする。僕の自認としては、まぁ「作法としてしっかり学びました!」というところ。
テーブルマナーはまぁ、できます。やれますみたいな感じ。
それはそれとしてテーブルマナーのない居酒屋の方が好き。
そういう感じ。
いやーでもなービジネスパーソン同士のお仕事は、サッカーのパス回しみたいで美しいし特有の気持ちよさがあるんだよ。そこは結構好きだなぁ。
→例えば企業の選考の中にも「試用期間よりも"パス回し"してみて、相性みよう」みたいなのを入れてもいいんじゃないかってくらい。噛み合ったやり取りは感覚に訴えかけてくるものがある。
音源の修正をどんどん進めていく。そろそろおわりそう。
OK仕上がった。
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サカナカイギを、コラボエピソードも含めて5本撮りました!




